就活に失敗したオタク

就活にしっぱいして無職のオタクの戯言です。

元彼女に自転車を奪われたので奪還した話。

 

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 僕の自転車は元彼女の手によって奪われた。ある日彼女はアパートの前に待ち伏せをして僕が自転車のU字ロック式のカギを解除するのを見計らって奪い去っていったのだ。あっという間のできごとだった。あまりにもおなかが減っているときに食べるレトルトのカレーのように気づいたら手元からなくなっていて、時間がたつにつれて失われてしまったことを認識した。

 

 彼女が僕から自転車を奪った理由はシンプルだ。僕を脅迫し、関係性をつなぎとめようとしたのである。彼女はいわゆる女性らしい人間だった。瞬間的に不当だと感じるとおかしい!と喚き散らし、疲れて寝てしまうと翌日はけろっとして気持ちよさそうに牛乳を飲んでいる。前後の文脈、論理のようなものが欠如していて、その時その時の生活を全うしているのだ。彼女のいわゆる常識のない行動は目に余るものがあるし、毎日付き合いを重ねるたびに自分の体をこそぎ落とすような感覚がつきまとったが、論理ばかりを重要視し、色がなく静物的な日常を送る僕にとっては、青みがかった花瓶に一凛の黄色いコスモスをいけるように、日常の中にあふれる美しさを与えてくれた。

 

 奪われたものは取り返さなければならない。ただの自転車ではないのである。ある時は何もかもが凍りつく氷点下の世界で身体を震わせながら走ったし、誰も訪れないような密林の中に足を踏み入れたときもあった。僕は自転車と様々な経験を共有していた。

 

 彼女のマンションに電車と徒歩で向かい、駐輪場に足を踏み入れた。そこには僕の自転車がとめられていたのだが、一瞬目を疑ってしまった。自転車にはワイヤー式のカギとU字ロック式のカギが二重にかけられており、開錠のための鍵はどこにもみあたらない。そして両輪は故意にパンクさせられていた。つまり、僕はこの駐輪場で、ペンチやのこぎりを利用して鍵を力づくに破壊し、タイヤの中のチューブを取り換えなければいけなかった。

 

 彼女は弱い人間だった。「難関大学の男子学生は」とか「-社の出版物は」とか、自分に危害を加えるものや距離の遠いものをひとくくりにまとめては恥ずかしくなるくらい非論理的な批判をしていた。しかし、自分を認めてくれる人間がいなければ勝手に腐ってなくなってしまう。その一方で彼女は生きることの素晴らしさをしっていた。いつかいなくなることを受け入れて日々をせいいっぱいに生き抜こうてしていた。

 

 自転車は無事に戻ってきた。金の歯ののこぎりでアルミ製の鍵を長い時間をかけて切り断ち、チューブを新しいものに交換した。あとは雨にさらされてさびてしまったチェーンを交換し、油をさすだけだ。こうすれば僕の愛車は再びどこにでも突っ込んでいける相棒に戻るはずだ。

 

 彼女はどうやって生きていくのだろう。だれか彼女を認めてくれる人はいるだろうか。自分を信じることができない人間なのだ。そうして自分を守るために対面でのコミュニケーションの技術が磨かれ、細い幹を覆い隠すのだ。自分ではどうにもならない人間は大きな声で非難して遠ざけるのだ。彼女のお気に入りのバーに連日のように通うようになるだろうか。バーのマスターやくたびれた客は彼女の話を笑顔で聞き入れ、親切な言葉与えてくれるのだが、それを繰り返すことはなにも問題の解決にならないことをだれか彼女に伝えてくれるのだろうか。

 

 自転車でどこにいこうか。山がいいな。きりっと張り詰めた空気のなか汗を流しながら坂を登りたい。