就活に失敗したオタク

就活にしっぱいして無職のオタクの戯言です。

オタクショートストーリー1 「チャーハン」

チャーハン


 深夜の 3 時をまわったとき、またもや遠藤優が僕の家にやってきた。彼はスリッパをはき終えたあとに、いつもの癖でつま先を床に 3 回たたきつけた。僕はベッドの中からその音を聞いて彼の訪れを知ったのである。

「なあ、ご飯を食べさせてくれよ。今日はずいぶんしごかれたんだ」と遠い波のような声が キッチンから聞こえてきた。
「知らないよ、何時だと思ってるのさ。とっくに人は眠ってるし、テレビ番組だって放送さ れてない」と僕は眠い目をこすりながらつぶやいた。バタンと冷蔵庫が開く音が聞こえた。すでに彼は食べ物を物色しはじめたようだ。

「おいおい、人の冷蔵庫を勝手にあさるなよ。おまえの彼女もそんなことしないだろ」 たしか冷蔵庫には今日の昼間にマックスバリューで買ったピーマンとエリンギが入っているはずだ。もう勝手にしてくれと布団にもぐって目をつむった瞬間、ごま油をよく熱した 香ばしい匂いがただよってきた。
「ご飯を入れるタイミングを誤らないようにしてくれよ。そして塩コショウはおまえが思 っているより大胆に振りかけたほうがいい。以前つくったチャーハンは塩気がなかった」と僕は言った。
彼は返事をしなかった。ピーマンとエリンギを小気味よくきりわける音が聞こえてきた。 やれやれ、空腹時の彼は誰の話も聞かないのだ。止めるだけ無駄なのは長い付き合いからわ かっていたのでもう口は出すまいと再び目をつむった。ただ、今回もチャーハンに塩気がたりていなかったら強くしかってやろうと腹のうちに決めた。

 ピーマンとエリンギがごま油でいためられる音を聞いていると、なんだか自分が途方も ない船旅をしている気分になった。学生のころフェリーに乗って旅をしていたとき、夜にな ると甲板に上がって波の音を聞きながら岸辺に浮かぶ月を眺めたものだ。

 無性にチャーハンを食べたくなってきたので静まりかえったキッチンに向かって「ねえ、 チャーハンはできあがったかい?塩コショウはしただろうね?」と声をかけた。

 またもや返事がなかった。とうとうしびれを切らしてベッドから起き上がりキッチンに 向かった。テーブルの上の大皿にはたっぷりとチャーハンが盛られていて、こんこんと湯気 が立ち上っていた。部屋のどこにも遠藤優の姿はなく、スリッパは丁寧に玄関に置いてあった。
 僕は世界の誰よりもチャーハンを食べたい欲求にかられていたので、銀の大ぶりなスプ ーンを用意して一口ほおばった。ピーマンと塩コショウの塩梅が抜群によかった。

 「遠藤、ずいぶん腕をあげたじゃないか」と僕は部屋のすみずみまで届く声でいった。 答えはどこからもかえってこなかった